新海誠監督の大ヒット映画『君の名は。』の感動ラストシーン。

その舞台となった“あの階段”が実在するのをご存知ですか?

東京・四ツ谷にある「須賀神社」は、『君の名は。』ファンなら一度は訪れたい聖地巡礼スポット。

映画の世界をそのまま体感できる石段だけでなく
拝殿に描かれた繊細で美しい「天井画」も見逃せません。

本記事では、映画ファン必見の須賀神社の魅力とアクセス方法、見どころを紹介します!


須賀神社ってどんな神社?

映画の聖地として知られていますが、須賀神社自体も由緒ある神社なんです。

創建は1634年(寛永11年)、ご祭神は建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)と櫛稲田姫命(くしなだひめのみこと)。厄除けや縁結び、夫婦円満のご利益があるとされています。
  • 御由緒
今の須賀神社はもと稲荷神社でした。その稲荷神社は、往古より、今の赤坂、一ツ木村の鎮守で、清水谷に有ったのを、後寛永十一年に江戸城外堀普請のため、当地(現在地)を替地として拝領し、移し奉ったものと伝えられています。

須佐之男命の鎮座の儀は、寛永十四年、島原の乱に日本橋大伝馬町の大名主馬込勘由と言う人が、幕府の命に依り、兵站伝馬のご用を勤め、その功績に依り、現在の四谷の中心一円の地を拝領したのを機会に、寛永二十年、神田明神社内に祀ってありました日本橋伝馬町の守護神(須佐之男命)を地元民の総発意で四谷に合祀し、御両社として祀る様になり、俗称四谷天王社と云い、明治維新まで親しまれて来ました。明治元年に須賀神社と改称され、明治五年に郷社に昇格、戦後は制度の改正により、旧社格は撤廃されました。

社名の須賀とは、須佐之男命が出雲の国の簸の川上に八俣の大蛇を討ち平らげ拾い「吾れ此の地に来たりて心須賀、須賀し」と宣り給いて、宮居を占め給いし故事 に基づき名付けられた名称です。

往古の御社殿はつまびらかではありますが、戦災前の御社殿は、文化十一年八月に起工し、十五年の歳月をついやして文政十一年十二月に竣工したものです。大正十二年九月一日の関東大震災めでは江戸名所図会に描かれたままの姿でありました。昭和二十年五月二十四年の東京大空襲の折り、御本殿並びに御内陣と境内摂社を残した外一切の建物を失いましたが、戦後、氏子崇拝者の赤誠(せきせい)に依って 今日の復興を見ることが出来ました。

当社の本殿御内陣は文政二年に造営されたものでありますが、先の戦災の折り、辛うじて焼失を免れたものの極度に老朽化が進み、この儘では保存に支障をきたすとして、この度その大修復工事が行われ、昭和六十三年秋に着工、平成元年五月九日に落成し、同月十八日に遷座祭が執行されました。 今日の復興を見ることが出来ました。

今では都内の神社中数少ない金色燦然と輝き、荘厳華麗を極めた建築物であります。造営以来約百七十年目の大修復工事がなされました。今日の復興を見ることが出来ました。
*須賀神社HPより転載)

須賀神社の見所

映画の聖地として知られていますが、須賀神社自体も由緒ある神社で見所も多いです。
  • 男坂と女坂
普通、傾斜のきつい主参道の坂を男坂、傾斜のゆるい坂を女坂と呼ばれる。 

・男坂
『君の名は。』の感動ラストシーンの階段。
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・女坂
須賀神社の場合、男坂と女坂の高低差はなく、少しL字になっている程度。
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  • 大鳥居
男坂を登った所に立派な鳥居。
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  • 手水舎
普通の手水舎。
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  • 社殿
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参拝時、上を見てください。
美しい天井画!が広がっています。
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社殿の左側に大黒社があり大黒天が祀られています。
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  • 境内社
・祖霊社
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・天白稲荷社
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アクセス(場所)

JR・丸ノ内線・南北線四ツ谷駅より徒歩10分
JR信濃町駅より徒歩10分
丸の内線四谷三丁目駅より徒歩7分




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