寒い冬の夜、主君の仇を討つため、四十七人の侍が雪の中を進みました。

その壮絶な物語「忠臣蔵」は、時代を超えて日本人の心を打ち続けています。

忠義を貫いた赤穂浪士(赤穂義士)が今も静かに眠る場所の東京・高輪にある泉岳寺(せんがくじ)を訪れてきました。

泉岳寺は、主君・浅野内匠頭と、仇討ちを成し遂げた四十七士の墓所であり、彼らの生き様と死に様を今に伝える聖地です。

歴史の重みを感じさせる寺院の見どころを紹介します。

泉岳寺:忠義を貫いた四十七士が眠る場所

東京・高輪にある泉岳寺(せんがくじ)は、曹洞宗の寺院です。

この寺院の名を全国に知らしめているのは、元禄時代に起きた「赤穂事件」、通称「忠臣蔵」で知られる赤穂浪士、赤穂義士(あこうぎし)四十七士の墓所があることです。
  • 泉岳寺の歴史
泉岳寺は、慶長17年(1612年)に徳川家康が外桜田に創建しましたが、寛永18年(1641年)に大火で焼失しました。

現在の高輪の地に再建されたのは、三代将軍・徳川家光の命によるもので、当時、外様大名17家が再建に携わりました。

この再建に深く関わったのが、赤穂藩主・浅野家の祖である浅野長晟(あさの ながあきら)です。

この縁から、主君の仇討ちを果たした後、泉岳寺に引き取られた赤穂義士たちが、主君である浅野内匠頭長矩(あさの たくみのかみ ながのり)と同じく泉岳寺に埋葬されることとなりました。
  • 泉岳寺の見どころ
境内には、忠義の歴史を感じさせるスポットが数多く点在しています。
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・中門
境内に入って最初にくぐる門です。
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泉岳寺には三門と言って三つの門(総門・中門・山門)がありましたが、現在は中門と山門のみが残っています。

・大石内蔵助良雄銅像
赤穂浪士のリーダー、大石内蔵助の銅像です。
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  • 山門
二階建ての門で威厳があ、二階には十六羅漢像が安置されています。
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・梵鐘
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・本堂
鎌倉様式建築の本堂。
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現在の本堂は戦後に再建されたものですが、静かで落ち着いた佇まいです。

赤穂義士墓地:四十七士の忠義が静かに眠る場所

義士たちが眠る墓地があります。


墓地へ向かう道には、彼らの遺品や資料を展示する「赤穂義士記念館」もあります。
  • 首洗い井戸
墓地入口の手前にあるのが「首洗い井戸」です。
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元禄15年(1702年)12月15日の未明、吉良邸に討ち入った赤穂浪士たちが、本懐を遂げた後、討ち取った吉良上野介の首を清めたとされる井戸です。

この井戸が、討ち入りの生々しい歴史を今に伝えています。
  • 義士墓入口の門
浅野家の鉄砲州上屋敷の裏門で、明治時代に移築されました。
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この門をくぐると、四十七士の墓石が整然と並ぶ墓所へと至ります。
  • 四十七士の墓
墓地には、主君・浅野内匠頭長矩の墓、そしてその家臣であった四十七士(実際には切腹したのは四十六士)の墓が並んでいます。
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墓石には、義士一人ひとりの名前が刻まれており、訪れる人々は線香を手向け、彼らの忠義を称え、静かに冥福を祈ります。
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墓前に供えられた線香の煙が絶えないことからも、今なお多くの人々に敬愛されていることが分かります。

アクセス情報

都営浅草線泉岳寺駅(A2出口):徒歩約1分
京急本線泉岳寺駅:徒歩約1分
JR山手線高輪ゲートウェイ駅:徒歩約10分



  • 開閉門時間
通年7:00~16:00

※赤穂義士記念館拝観時間:通年 9:00~15:30
  • 赤穂義士墓地
入り口で300円を線香代として納め、一人ひとりの義士に線香を供えて行きます。
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