浦妙法稲荷神社を訪れた最大の理由は、「神社なのにお釈迦様が祀られている不思議な場所がある」という噂を耳にしたからです。

通常、神社といえば神道(八百万の神々)ですが、こちらは仏教の開祖であるお釈迦様も大切に祀られているとのこと。神仏習合の名残を感じさせるそのミステリアスな魅力に惹かれ、実際に足を運んでみることにしました。

芝浦妙法稲荷神社があるのは、港区芝浦のオフィスやマンションが立ち並ぶエリアで、田町駅から徒歩10分で到着します。



駐車場の端に、朱色の鳥居の奥にはお稲荷様、そしてお稲荷様の上にお釈迦様?
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おみくじの自動販売機?ただ電源は入っていませんでした。
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案内板の「芝浦妙法稲荷神社縁起」を読みます。
昭和7年(1932)、東京倉庫運輸株式会社がこの地に進出の時、既にこの敷地の道幅に一本に太い柘榴の木と共にささやかに祀られた祠があった。
 その建設者も名称も縁起も不明のまま、管理者も不在であったので改築荘厳してお供物、お賽銭は絶えなかった。昭和46年(1971)、竹芝端の拡張に伴い倉庫の改装を余儀なくされ、この稲荷の祠も改築遷座されることとなった。この機会にそれまでの因縁を考え「芝浦妙法稲荷」と名付け、広く地元の皆さんに開放、地域の仕合わせと発展をご守護願うことになる。たまたま芝浦3丁目にあった芝浦稲荷が廃社になっており、「石造りのお社とお狐2体、灯篭2基、手洗い1基、敷石等一式を差し上げます。」との話を伝え聞き、地元住民の因縁を生かし社屋を竹芝橋稲荷に移築合祀することとし、芝浦全地域の氏神として復活した。
 竹芝橋稲荷は法華経有縁の稲荷であり、姫稲荷である。昔からの御神木は柘榴の木である。仏の金言に曰く「神は正直を以て頭となし、法華経を以って食となす」と。柘榴の木は鬼子母神のご神木として知られ、鬼子母神は十羅刹女と共に法華経有縁の神々の内の女神の代表である。故にこの稲荷のご本体は正に女神であり、法華経守護請願の鬼子母神かその一類であり、「妙法稲荷」の名称を冠す神意と感得する。かつて繁栄を誇った木挽町妙法稲荷は既になく、そのご本体は鉄砲州稲荷に移管又芝浦妙法稲荷も戦後一信者の家庭稲荷と化し、妙法稲荷の命脈正に絶えなんとする時、偶然にもこの地芝浦にその継承と復興が実現、妙法稲荷の本山となる。
 昭和57年(1982)8月、ブロンズ製金色の釈尊座像を祀り、神仏混交を具体的に表現。これ法華経見宝塔視なの宝塔湧現であり、日蓮御聖人のお曼陀羅本尊の実現である。
 次いで昭和62年(1987)5月、ネパール国スアワンプ・ヤート寺(通称目玉寺)のギャン・カジ・シャモヤ上人より東京倉庫運輸株式会社社長池田新一に対し御仏舎利守護のご加命あり、奉戴を機会に御仏舎利を奉安する。
案内板を読むと、お釈迦様が祀られていることに理解。
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「神社にお釈迦様」という珍しさに惹かれて訪れましたが、実際に参拝してみると、日本の宗教文化って本来はもっと柔軟だったのかもしれないと感じます。小さな神社ですが、面白いスポットでした。芝浦エリアを散策する機会があれば、ぜひ立ち寄ってみてください。
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