JR横浜線の古淵駅から徒歩約10分のところに、華やかな観光地とはひと味違う、歴史の息吹を感じられる場所があります。今回訪れたのは「大日堂」。ここは鎌倉時代末期に起こった「井出の沢の合戦」で命を落とした戦死者たちを供養するために建てられたお堂です。
普段の神社仏閣巡りでは見逃してしまいそうな場所ですが、実際に足を運んでみると、静かな空気の中?誰も居ないこと空間?静かに歴史と対話する贅沢な場所でした。
週末の神社仏閣巡りや歴史散歩が好きな方は、ぜひ一度、知る人ぞ知るディープな歴史パワースポットの大日堂を訪れてみてください。
大日堂
井出の沢の合戦とは?
大日堂を訪れる前に、まず知っておきたいのが「井出の沢の合戦」です。この合戦は1335年(建武2年)に起こった戦いで、鎌倉幕府滅亡後の混乱期に発生しました。後醍醐天皇による建武の新政に反発した北条氏の残党と、新政側の軍勢がこの地で激突したと伝えられています。
当時、この地域は「井出の沢」と呼ばれており、多くの兵士が命を落とした場所でした。その戦死者たちの霊を慰めるために建立されたのが、今回訪れた大日堂です。歴史好きの方なら、現地に立つだけで当時の戦乱の様子を想像してしまうかもしれません。
大日堂
大日堂は決して大きなお堂ではありません。しかし、その素朴な佇まいがかえって歴史の重みを感じさせてくれます。

・案内板より
このお堂は、もともとは南側の崖下にあったものを、江戸時代にこの地点に移したものと伝えられています。このお堂の由来については、地域の人々によって口々に唱えられてきた和讃(わさん)の中に伝えられています。これによると、南北朝時代にここで合戦があり、その戦死者を供養するためであることがうかがえます。この合戦とは北条時行と足利直義による建武2年(1335年)の「井出の沢(いでのさわ)の合戦」のことと考えられます。「井出の沢」とは、お堂の西側を流れていた小沢のことです。また、お堂の中の本尊は大日如来(だいにちにょらい)で、秘仏として信仰されています。

鹿嶋神社
大日堂のすぐ隣に鎮座しており、静かな森に包まれた境内はとても落ち着いた鹿島神社。戦死者供養の場である大日堂と並んで存在していることで、この地域が長い歴史の中で人々の祈りによって守られてきたことを感じられます。境内は決して大規模ではありませんが、丁寧に手入れされており、地元の方々に大切にされていることが伝わってきます。

・案内板より
この神社はいつ創建されたかは不明ですが、新田義貞(にったよしさだ)が鎌倉攻めのおり祈願のために建立した言い伝えがあり、また、淵辺義博(ふちべよしひろ)の子、義喬(よしたか)が建立した言い伝えもあります。古文書によりますと、文禄2年(1593年)に奉再建鹿嶋大明神一社一宮御修復とあり、その後、慶安3年、寛延2年、文政2年に再建した記録があり、明治34年5月22日に焼失し、同36年に再建され現在に至っています。毎年5月22日を『焼日祭』と言って祈願しています。 境内の大ケヤキは千年を経ていると言われ、根元にある石は「カナメ石」と呼 ばれ、境川のほとりにあった「田の神」とも言われています。祭神は「武甕槌神(たけみかづちのみこと)」で本殿右は「香取神社」、大ケヤキの横は「稲荷神社」を祭っています。 遠い昔より村の鎮守様として守り今日に至っています。

アクセス情報
JR横浜線古淵駅から徒歩10~15分程度。町田駅から境川沿いの道で、町田散策と組み合わせやすいです。

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